投稿

2011の投稿を表示しています

平成維新未遂。

イメージ
鳩山さんが民主党初代首相についたときの所信表明演説のなかで「無血の平成維新をやり遂げる」という言葉があり、マスコミや評論家もそれなりに期待感や危機感をコメントし、われら平民もどんだけかわるんかいなと 様子見していたのですが、結局わかったことは、現場はそんなにすぐ方向転換できるほどの余裕はない、ということでした。いわば、がんが進行している50代のおっちゃんの主治医がかわって、このあたらしい抗がん剤治療でよくなりますと説明して取り組もうとしたものの、実際容体をみると早晩、除去手術をしないことには間に合わないことが分かったというところです。 小沢さんのいうマニュフェストを守れというのも理解できないし、河村さんの減税政策もよくわからないし、 今納得いくのは、今後景気が回復してインフレ基調になれば、長期金利もおのずと上昇し、国債の価値が下がり その大部分を保有する銀行が苦しくなって、貸し渋りに走り、中小企業はさらになきを見るという悪循環がおこりうることです。増税反対というのはたやすいが、それが回りまわって自分の首を絞めることになるのならば、 景気と増税のタイミングを見計らいながら、速やかに出血をとめることに賛成したいと思います。 今回の維新未遂が昭和のごとく、暗い方向にすすまないよう、見守りかつ行動していきたいものです。

国民の悲鳴は対岸の火事?

イメージ
どう考えても政治の世界にはいらつくモノがあります。 一番いま熟慮熟議そして実行しなければならないはずの予算を審議しないで、 小手先の政争に明け暮れ、あるいは倒閣パフォーマンスにこだわり、 そのくせ”国民生活第一”とワンフレーズを繰り返している 国会議員の先生に、いまの時代にずれているのではないか、 イスラムのムーブメントはなぜ起こっているのかをもっと真剣に とらえてほしいモノです。 マスコミのベテラン論説委員とかも、過去を例にとって、政争をネタにしています。 経団連の会長が発言したように、 我々底辺の人間からも、「頭の中が政策ではなく政争が50%以上占めているような 国会議員のおっちゃんおばちゃんは給料80%自主返納せよ!」 というくらい責任追及していかんとあかんとおもいます。 大正の忠義(日本残京伝)を思い出してほしいです!

around 50 革命。

イメージ
中東問題、東アジア問題、アフリカ問題、EU問題そして日本の混乱等 今世界中が混乱期に入っています。 そのなかで重要なカギを握るのが'95あたりからのNWユーザーであると思います。 今の60才代以上は、専門職の人は別にして、あんまりコンピュータを利用しません。 50歳代くらいがちょうどマイクロソフト普及、ぱそこん普及に合わせて 日常的に使いだした世代です。 そしていまunder40はGoogle、face book等次々と新技術開発をしています。 日本でも、株価の流れを検索キーワードの動向から予測する等の研究が 実用化されようとしています。 このへんをおさえておかないと、 いくら”平成維新”をおこすと民主党が力強く訴えたところで、 従来型のスローガンだけでは、この世代は全く動かないでしょう。 新しい政治を創るといいつつ、相変わらずの権力闘争と手打ちを繰り返し 具体的裏付けのない論争をされても冷めるばかりです。 たとえばマニュフェストを忠実に実現するよう努力するのが本筋だ というのなら、具体的に、工程表とデータ数式を使って”○○%できる”と主張すべきだし それができずに、さらに国の財政が悪化した場合どう責任をとるのかも明言すべきです。 なんか小沢さんが手綱を引く政治行動は、黒々とした感があって、 破壊と創造がくりかえされても何も生まなかったこの20年を象徴している感がある。 このままいくと、エジプトも対岸の火事ではなくなるとおもう。 中国、北朝鮮もしかり。

「キジも鳴かずば射たれまい」

イメージ
日本の国鳥は雉です。桃太郎伝説に出てくるくらい昔から身近な野鳥であり、かつあんまり目立たない存在です。国花である桜や菊がいろいろ意味をもっていたり、象徴として引用されたりしているのに対し、きじはあんまりつかわれません。 一方、アメリカの国鳥である白頭鷲はしょっちゅう記者会見で後ろに映っているし、いかにも”天下はわいのもんや!わしのつくったルールを守らへん無法者は許さへんで!」というアメリカの姿勢をよく反映していると思います。 そして中国の国鳥はというと、いま論議の真っ最中! 第一候補が”タンチョウ”(学名/日本鶴)、その次が”トキ”(同/nipponia nippon)です。 国内でももめてるようですし、なんかわれわれ日本人にとってもいい気はしません。 我が国は、「キジも鳴かずば射たれまい」「引き分け以上の成果が見込めなければこぶしは上げない」 「職人には天下のことはわからない」「和をもって貴しとなす」 といった伝統の立ち位置を守って、余計なことはしゃべらず、大きく動きつつある情勢に対処すべきだと思います。

嗚呼!吉田拓郎さん。

イメージ
わたしは今日まで生きてみました   時にはだれかの力をかりて   時にはだれかにしがみついて   わたしは今日まで生きてみました   そして今 わたしは思っています   明日からも   こうして生きて行くだろうと   わたしは今日まで生きてみました   時にはだれかをあざ笑って   時にはだれかにおびやかされて   わたしは今日まで生きてみました   そして今 わたしは思っています   明日からも   こうして生きて行くだろうと

地廻り

イメージ
いまは、暴対法の影響もあり、地廻りといえば警察官・警備員というところなのですが、昔はやはり輩さんの専業やったみたいで、会津さんが新撰組の地廻りとして暗躍したとか、焼け跡の阪神の治安を六甲のおっちゃんが 請け負っていたとかいうのは定説です。 わたしの若かりし昭和の渋谷の街も、道路にかかるイベントをやるには、あの名高きAさんとこに根回しをしとかんとやばいということで、総務部には専門のおっちゃんが再就職できてました。 さて、こないだ下鳥羽のあるリサイクル工場に回収物を納めに行ったのですがあいにく時間を過ぎてしまい誰もいなかったので、とりあえずシャッターのまえにおろしていたのですが、スカGが止まって、知らないおっちゃんが「あんたちゃんと会社にことわってんねんやろな」といって聞いてきたので、「今日のところは何とかお見逃しください!お代官様」といって平謝りして、見逃してもらいました。 きっと会社のやとった地回りのひとやねんなあと思ったのですが、翌日社長にきくとしらんといいます。 もう忘れかけたころ、上鳥羽の金属加工会社の前を通ると、そのおっちゃんがリフトに乗っていました。 町内会の見回り当番のひとやったんでしょうか?

理論を実践に移す。

イメージ
大学時代、同じ道場で練習していた空手部の青田先輩は、型を重視し寸止めに終わるのが少し不満だったようで、しばらく夜の修業に励み、あこがれの芦原先生のようになろうと努力されました。 たいがいばんそうこうか包帯をつけて15時ごろ練習に現れるのですが、2カ月ほどして、パンパンに張れた顔をして足を引きずりながらやってきました。しばらく三宮はやめとくそうです。 話を聞くと、おもにヤンキー風のうるさそうなおにいちゃんを中心に、先に相手に手を出させて、肉を切らせて 骨を断つ要領で色々試していたらしいのですが、勝率は約8割だったそうです。 ところが、最後にたまたま準構成員の方とやってしまったために、いっぱい輩さんが出てこられて、死ぬ思いで逃げてきたそうです。海老蔵さん状態です。 当時は、どの格闘技が一番強いのかというのが結構盛り上がっていて、当然今のような総合格闘技はなく、 ボクシングかプロレスか柔道か空手か極真かサンボかそして相撲かといったぐあいでした。 わたしは、熊を倒したW.ウィリアムズを映像で見て、やはり極真やで、と思っていました。

立ち位置を認識する。

イメージ
おおげさにいえば、自分はなにをもって社会貢献したいというものを持っている人がうらやましいと思います。 カンタさんは風化しつつあった大正~焼け跡無頼派の私小説の掘り起こしのために小説を売りたいと言ってますし(1作家の7巻作品集製作に2000万円弱必要だそうです)、ある貧乏プログラマーは、携帯電話で家庭の電気コントロールがすべてできるシステムを実用化して、省エネに貢献したいと言っています。 いずれもいわゆる苦役の下積みが長く、やっと目が出かかってきたところなのですが、 立ち位置を考えながら取り組んでいると、日銭稼ぎの意味合いも違ってくるものがあると思います。 私の分野でも、いわゆる三方よしのシステムを常に考え、人に喜んでもらいつつ儲けを増やすコンテンツを どんどん発想>実践してあがいていかないといけないと思います。

共存共栄のSPIRITSでリサイクル社会を推進しよう!

イメージ
京のリサイクル屋hansです。 ごみ減量が、環境負荷軽減の観点から、あるいは自治体経費削減の観点から大きなテーマになっていますが、そのためには製品規格のメーカーの垣根を越えた統一化があると思います。 また、できるだけ容易に組立分解できるように工夫すべきだと思います。 たとえば、家具が同じねじで接合されていれば、リサイクルshopでパーツ販売が可能になります。フライパンも焼け焦げた柄だけ取り換えることができます。冷蔵庫も、こわれた冷凍ケースだけ取り換えることができます。 IT機器関連ではsoftがほぼ数社に統一されているので、自作とかパーツ売りとかジャンク販売とかが進んでいるようですが、家電では、たとえばsanseiの冷蔵庫のパーツを取り替えようと思ったら、場合によっては、輸入しなくてはなりません。 結局、もうええわと、不要品処分に出されて、リサイクル屋も扱わず、日本に営業所のないメーカー品だと、えらい高い処分代を払って(リサイクル法の製造者負担が不明)結局scrapになってしまうのではないでしょうか。 環境保護を謳うなら、国内のみならず世界規模で規格の標準化と、組立分解および再資源化の容易な設計・素材選定に取り組むべきかと思います。 グローバリズムのいわゆる弱肉強食spiritsは、明白に、今世界中でトラブルを起こしています。大きな目標に向かって、今、耐え難きを耐え忍び難きを忍び、共存共栄の精神を個々が持たねばならないと思います。 サラリーマンは会社がいくら儲かっても給料はほとんど上がりません。地場の中小・零細企業は風評により衰退する危険があります。 最後に、いい例ではないのですが、伝説を一つ。 終戦直後、神戸のTさんは、ほとんど行政が崩壊し、警察が機能しない中、自主的に反日暴力・破壊行動や精神の荒んだ帰還兵の非行の取り締まりにあたられたそうです。当然、金銭的見返りはなかったわけですが、その時生じた官民の義の心がTさんの戦後をback upし、大層御発展になられました(取材した作者もpartsとしては彼の行動を讃えています)。

店名のない飲食ビル

イメージ
ときどき祇園の方面に、ゴミ回収に行くのですが、 すこし中心部から離れたところでは、非飲食業のテナントが多いようです。 たいがいはパソコンおよび周辺機器の回収なのですが、当然のごとく警察関係・政党関係・病院関係と同様に HDDは抜いてあるかクラッシュしてあります。 一見華やかなビルも、2階以上のフロアは店名があるところはちらほらで、あとはあき家か会員形式の非飲食 倶楽部のような感じです。 なかには、1階の店舗が半透明ガラス張りですけて見えて、なかは7から8台のOAデスクとパソコン・プリンタがかすかに垣間見えました。もちろん店名はありません。 ビルのオーナーや仲介する不動産屋も、所定の保証金や家賃を確保するためには、業種や見てくれに構っていられないご時世かもしれませんが、 昔この辺で飲んだなあという場所に、このような異様な光景を目にした時は、なぜか隙間風が吹きこんできました。 シャッター街も困りますが、あまりにも見た目をきにしないビルというのも、もうちょっとなんとかならへんのかいなと思うのですが・・・・・・・

マネジメント・バイアウト(MBO、Management Buyout、経営陣買収)

イメージ
アートコーポレーションもMBOを実施すると発表しました。 引越し業界もかなり競争が激しく、特に昨今はサービス競争よりも価格競争がすすんでいて、うまみがなくなりつつあるようです。発表では、今後、引越し・運搬および育児施設運営の3本柱で事業展開していくそうです。 鉄道業とかはすでに本業の旅客輸送では利益が出なくて、不動産デベロッパー部門で儲けを出していますが、 あとNTTとかも一般の通信部門では自由化・国際化・個人情報対応等による価格競争に巻き込まれて採算悪化、子会社の都市開発部門等により一服しています。 運輸業・通信業・エネルギー業等はパブリックな要素がかなり強いため、一企業の自由度はかなり制限されるのでしょう。 アートの株主との決別は、関連分野で、利益の取れそうなポジションにいち早く駒を進めるための、当然副作用も想定しているだろうが、特効薬としての作用を期待しているのであり、 裏返すとそれだけ追い詰められているともいえます。 翻って、自店をみると、古物・産廃・運搬・不動産の4部門なのですが、たしかにこれといって強い部門がないだけに、常々「得意」メニューを考え>実践していかないと!という危機感を覚える次第です。

発想力と実践力

イメージ
日本の国債格付けを下げた理由を、S&P社は「今の日本の政治状況における財政再建構想の実践力の弱体化」 を挙げています。 大相撲においても、八百長(賭博とはからんでいない)の存在が明らかになってきました。大相撲は国技(スポーツ)であるという理論が崩れたわけです。 卑近な例でいいますと、わたしの商売も2年経ちますが、いまだ食べていくのにアップアップの状況で、 やっと今年くらいから、毎月微々たる投資回収ができるぐらいのあり様です。 ともかく、いまの日本は、思ったことがそう簡単には実行できないというもどかしさに包まれていますが、 かといって中国・北朝鮮のような独裁またはいま起きている北アフリカ・中東の政権打倒運動にもかなり違和感を覚えます。 まあ、なにいわれようが、中期計画目標>長期目標だけは見失わないようにして、あとは寛平ちゃんのように毎日コツコツ走り、トラブルがあったら立ち止まって考え、という感覚でやっていくしかないような気がします。

未来のシュミレーション

イメージ
亜米利加民間格付け会社による日本国債の格付けが下がったことで、ちょっとした騒ぎになっている。 長期金利があがり経済に支障をきたすという。いっぽうでファンドマネーが日本離れすると円高基調が一服し輸出系企業にとってはメリットがある。 つまりは、現象が起こればあるいは行動すれば、当然作用があり副作用があるわけで、 そのへんのとこをちゃんと想定しておかないと常に振り回される状態になると思う。 政治にも、未来シュミレーションを提示して国民のリスク・義務をしっかり説明してほしいし、 マスコミにも国民のほうに向いた批判やこうすべきという主張を展開してほしい。 たとえば、定年退職した後も心身が丈夫なうちは10年間は働く義務を提案するとか、自給率保守向上のため、 敷地の10%以上は畑作をしなければいけないとか、徴兵制の復活とか、大学を減らすとか 「明るい未来の為には国民はこれくらい頑張らんと無理やで!」 という部分の議論なしには、どうもいまの政治を対岸の火事としてみてしまう感じがします。 それとか、アパート建設業者に都合のいい収益シュミレーションを示されて、案の定トラブって、借金が返せなくなる大家さん状態になってしまうとおもいます。 やはり副作用、リスク、ハザードを覚悟することが大事だと思います。

理論と実践

イメージ
生きていくうえで、理論と実践(仮説と検証)を常に繰り返していかないと、なにか止まってしまった感覚になります。精気がなくなるというか、隠居感覚というか。 理論と批判だけとか、やみくもに同じことを繰り返すというのもどうしようもないと思います。 部活で、4年の秋以降とかはまさにこんな感じやったし、むかしの自慢話を延々と語るおじいさんも、失礼とは思いますが、こんなもんやとおもいます。 あと、大企業にありがちなのが、理論をつくるスタッフと実践するスタッフが違う場合が多々あり、いろいろ摩擦が生ずることがあります。 やはり、本田さん盛田さん松下さんM.ジョブズさん…等に代表される成長モデルが一番ではないでしょうか! キャスターはそういう意味であまり好きではないのですが、平松市長の苦闘ぶりとか辛坊氏が橋下さんと連携して政界に打って出るとかいうのは、あえて火事場にとびこむ意気に応援したくなります。

Recycle 1 考察 !?

イメージ
こんだけ景気が低迷するとさすがにファッション業界も盛り上がりに欠けてきているようです。山本耀司さんの会社も破産しましたし。それでもなお、お嬢さん、おばさんの間では、去年きた服はもうきれへんわという感覚が強いようです。衝動買いして、値札のついたままの服をごみで出すという、あほな現象もあるわけです。 そんななかで、OUTLETモール、リサイクルショップがエコノミックな女性を対象に元気なわけですが、 そろそろ毎年業界およびマスコミがこぞって今年の流行は?という言い方はやめて、償却年数5年鮮度が持つ スタイル・色・コーディネイトといった感覚でやっていけないものでしょうか? どうもわたしのようなおっちゃんからみるといまの衣消費は食・住にくらべて無駄が多い気がするのです。

無頼派

イメージ
昔はよく使っていた言葉だが、最近はあまり使われていないし、私も使っていません。 日活時代の渡哲也がこの”無頼”シリーズで人気を博したのは50年くらい前だそうです。 私たちの時代は、学ランの兄ちゃんがよく好んで使っていましたし、トラック野郎にも一時はやっていたのではないでしょうか。 ふと無頼を思い出したのは、このたび芥川賞をとった西村氏のインタビュー記事を何本か目にしてからです。 彼は所謂”持っていない男”の典型、家族のきずなは持っていないし友達もいない、定職もないしもちろん金もない、学歴もないし知識もない、あるのは前科と大正の無名作家藤沢清造への関心くらいのもの。 今回の賞金も、必要費以外は藤沢氏の作品を世に紹介することに使い切るという。 小説というジャンルではなく「私小説」というさらに小さな世界で、地上とかろうじてつながってきたし、これからもそうありたいと無表情に語る姿は、 戦後の焼け跡からなんとかかんとか生き抜いてきた元孤児の70代のじいちゃんばあちゃんに通じるものがあります。

成功は0.1%であることを認識する。

イメージ
今日、朝のニュースで西村賢太氏が芥川賞を受賞したのをみました。いままでぜんぜん知らなかったので、 えらいもっさりしたおっちゃんがとったもんやなあと思っていたら、この人が絵にかいたような苦労人なのです。もうひとりの受賞者がまさにサラブレッドであるだけに、まさに駄馬からてっぺんのレースまで駆け上がり 栄冠を勝ち取った彼に好感をもつひとは多いでしょう。 問題は、ほかにも俳優で文学賞をとった人もいましたが、これを商売に結び付けようとする輩が必ず現れることです。 いわゆる教材売り、FX、不動産投資、株ほかにもかなりややこしいシステムの投資話。金のない学生に借金までさせてやらせるのやから困ったもんです。実際に運用していない場合は詐欺罪になるのですが、運用してはいるがずるずると資金を垂れ流している人がほとんどだろうと思います。 そこで考えなくてはいけないのが、その道で成功した人、名を全国的に売った人が街に何人いるかということです。 わがまち出身でプロ野球の1軍までいったのはここ30年で今江選手だけですし、西山>五輪女子ソフトの選手は京都市内からセレできた選手です。 かりにトップの手前までうまいこといった選手や才人が30人いたとしても、市の人口の0.1%です。 成功を前提に絵を描くことほど、愚かなことはないと考えます。

反対は計画的に!?

イメージ
TPPをめぐって、賛成派と反対派の接点がどうもよく見えません。 反対の人は、将来的にはそうせざるを得ないことはわかるが、十分に準備を整えてからでないと 早々には難しいという。 しかし、TPP自体10年くらいの執行猶予があるものと理解しているので、 なぜ中期計画・段階的条件をつけて話し合いに臨もうとしないのか疑問がある。 一方の、賛成派についても、こういうふうに構造改革していけば食料自給率も守れるし、 逆に世界のマーケットに打って出ることも可能であるという理論が見えてこない。 ワタミの渡辺氏とかは事業で農業をやっているわけだから、 一発、スカッとする農業解放論をぶち上げてくれないものだろうか!

計画>実践>修正!

イメージ
私も例に漏れませんが、サラリーマンをやめて事業主としてちゃんとやっていくのはかなり厳しい修羅場をくぐりぬけなければならないようです。 事業商品開発や営業計画の文章は作成できても、いざ実践しようとするとお金の問題や時間・人の問題でなかなかすすまない。 しかし、3年ぐらい一つのことをまじめにやっていると、やっと業界の常識もわかってきて、今までの高かった授業料をとりもどし、黒字体質へ発展する道筋が見えてくる。 ここで修正して次の計画にトライアルしていく(いわば守から破へ)。 このくりかえしでどれだけ根気よくやるかが問われるといわれています。 次のステップで大成功して、全く別の趣味の事業をやる人もちらほらいます。 (離の世界で、エプロンで大成功した社長が原宿でマリン系カジュアルのアンテナショップを始めたことは有名です) いずれにせよ、3年から5年くらいはアンダーグラウンドでおやっさん修行をつまないことには水面には浮上できないということで、木村さんや堀江さんや村上さんのケースというのはレアレアケースであるということです。 そして肝は、収入と支出のバランスであると思われます。

respectなき時代

イメージ
与謝野氏を菅総理大臣が登用したことについて、私はなにかほっとした感情をもちました。 いわゆるずっと政敵であり、ガンガン議論を戦わせてきた相手であっても、ずっとリスペクトしてきたということでしょう。 今の世の中、いろいろなネットワーク発達の影響もあり、一億総評論家ごとき様相を呈しており、どちらかといえば非難中傷が主流をなしている。それがつばとして落ちてきてますますすさんだイメージを醸成してしまう。 平野啓一郎氏が「われわれ氷河期生まれで尊重されず、孤立した人間が昨今の無差別殺傷事件をおこしてきた・・」と、リスペクト(尊敬、尊重)を批判批評の上位に持っていかなければ、みんな持たないと思うのです。 評論家は批判して飯を食っていますが、自分では創造できない。その文章をよんで楽しむのはいいが、同じように考えてしまうと情けないと思います。 あのイチローや落合さんでさえ、滅多に口にしないが、リスペクトを心の中心に持っているようです。

一乗寺下り松の決闘後記

イメージ
司馬遼太郎氏の面白いところは、時代の英雄だけでなく、敵方の敗戦後の生きざまについても、尊敬の念をもって詳しく描いているところにあります。 そのなかで、私が気に入っているのが、一乗寺でさんざん評判を落とし、もはや門下生は去り、大名の顧問としての道も閉ざされた吉岡家の生きざまです。 ふつうは、とんでもない旅の無頼漢に一家を壊滅させられたのですから、遺恨をいだき、新たな逸材を育てて仇を討つことを生きがいに、悲壮な人生をおくる というのが「サムライ」のパターンだと思うのですが、吉岡家当主はなんと、刀を捨てて、染物屋(紺)のエキスパートを目指し、1代でその名を全国区にしたそうです。 武道には、紺の生地がつきものですし関連性はあるのですが、いままで「先生!師範!」と呼ばれていたのが「大将!おやっさん!」と変わるわけで、 史実なのかあるいは創作なのかはべつにして、尊敬に値するエピソードだと思います。

不識(しらず)

イメージ
謙信公のエピソードを特集したNHKの番組に思わず見入ってしまったのですが、いままでは川中島の合戦に象徴されるように天才肌のワンマントップで、一本道を突き進み晩年、自らの罪を悔み仏門に入ったのかと思っていたのですが、番組では、己が善だと考えた道を進む過程で色々な問題に突き当たり、悩み苦しんだ挙句、禅の高僧より達磨大師の不識問答(対武帝)を考えてみるようにアドバイスされて、そうとうふっきれた心理状態になって、所謂バランスのとれた常識型のカリスマリーダーとなっていったとのことでした。中国の教典は結構とぼけたところがあり(たとえば守破離忘)、自分で解釈していいところを取り入れるものだと思いますが、不識を、「なんのこだわりもなく縛られもせず自由な精神で生き、結果として周りの人々に功徳を与えることができればなおよい」といったポシティブな解釈でとらえると七転び八起きとともにだるまさんがええなあと思われる次第です。

バランスシート

イメージ
われわれのような個人事業者が事業を飛躍的に発展させるためには、当然お金を借りるとか、投資してもらうとか、寄付してもらうとかしないとどうしようもないのですが、そのためには一部の例外を除いて、毎月の資金繰り表、半期および年度のバランスシートの内容が問われるわけです。 お金を預けてもほぼ間違いなく返してもらえるような成果を上げ、そして次のステップに備えての投資能力があるか、万が一の担保があるか、そして継続性はあるかなどでしょうか。 地道に、石にかじりついても3年くらい安定した成績を収めると、やっと上位のクラスに上がれるようです。 ここからが正念のいれどころで、表面上は使えるお金や資産が飛躍的に増えたからといっても、あくまでも 将来的にかえさないかん借入金がそのほとんどを担っている場合は、回収不能引当金や将来の収益源育成のための投資準備金等を十分に考慮したうえでの資金繰り計画が必要となります。 サリーマンでも他人事でないのは、リーマンショックで持ち家を失ったケースが多発したことからも明白です。 twitterやface bookで寄付を集めたというケースも聞きますが、ほんとうにレアケースでしょう。 ドラマのような、小説のような刺激的人生を望んでいないごく普通の人間にとっては、 地道にバランスシートをチェックしながら前へ進んでいくのが賢明かと思います。

intangible assets

イメージ
たいした設備や資産をもたない個人事業主にとってはやはりintangible assets(のれん、特許、免許、才能)の世間の評価が大事なようです。 私のいとこも鶴橋で動物病院をやっていますが、世はペットブームにもかかわらず同業者が増えすぎて、繁盛している病院は限られているそうです。かろうじて彼は”鳥専”としてがんばっているようです。 伏見の24号線沿いに(吉田地図近辺)「吉田家畜病院」というところがあるのですが、南部の家畜専門に診察しているのでしょうか? いずれにせよ、犬が好きだから獣医になりますという安易な考えは通用しないようです。 やはり、さかなくんさんや丹波の’未来の恐竜君’ぐらいの才能、こだわりがないとなかなかfundに反映させるのは難しいのでしょうか?

分をわきまえる

イメージ
池上彰さんが、今後TVには一切出演せず執筆活動に専念する意向で、テレビ局が慰留に努めているという記事が出てました。 以前池上さんは阿川さんとの対談で、「解説はしますが論評は致しません。」と言われてましたし、海老象事件を解説してくださいといわれたときも「それは専門外ですので」ということでやんわりと拒否されていました。おそらく、マスコミの持つ、視聴率や購買部数優先の文脈を無視した1フレーズの切り取り、誇張等を予防し、自分のやりたいことの邪魔をさせないためだったのではないでしょうか。 TV出演を控えられるのも、自分はあくまで記者>研究者でありエンターティナーではない、すなわちみのもんたさんとは違う立ち位置にあることを自覚されているからでしょう。 私も、そういう冷めた目で自分を見つめなおし、棲む縄張りを再認識するというか、分をわきまえるという考え方に共鳴します。 それにくらべて、クルオさんは情けないです。鳩山首相誕生で火がついたかと思いきや3ヶ月くらいで首相の支持率低下とともに仕事は減るは、代わりに怒鳴られるは、離婚するはついに改名を決意したそうですが、 根本は、色ものに頼る必要のない芸がなかったら芸人ではないわけですから、そろそろ住む世界を考え直す時期が来ているのかもしれませんね!

Rootsを辿る

イメージ
海老蔵さんが歌舞伎の名門市川家の末裔であり、信成さんが織田信長の子孫であることは衆知の事実ですが、われわれのような名もなき一般人にとっても自分のルーツは どこにあるのか興味深いモノです。わがマチ寺戸では岡田姓がかなり多く、しかも’西の岡田’と東の岡田’に系統が分かれています。さらに本流をたどると加茂が本家に なっているとのこと。加茂あるいは賀茂あるいは鴨といろいろいいかたはありますが、いわゆる京都-奈良間の加茂地区です。暇ができたらいろいろ調べてみたいものです。 熊本は八代の一二三とか福知山の四方とか、日田の源五郎丸とか人さまの名字でも少数地域限定の族のいわれは興味深いモノがあります。

google chrome はかなりよさそうです!

イメージ
HPからデータ作成管理までほとんどgoogle docsに頼りっぱなしなのですが、 chromeアプリもエクスプローラよりかなり速く助かっています。apple系はちょっと別という感覚がありますので、いまのところは徹底的にgoogle系で仕事を深化させていくのが最もコストも安く効率的な気がしています。 アメリカの企業の、学生や学術系団体に対する、無償のソフト・テンプレート等々の提供は、お互いさまの精神でとても素晴らしいと感じました。 googleにはハード系がないではないかとの指摘については、我が国のソニーブランドがしっかりと対応していくことになると思います。

動産競売ビジネス

イメージ
法人・個人が破産すると、金融資産・不動産のみならず当然動産も差押さえられて、地裁公示の競売にかけらるるわけです。兄が東京の業者からセールスされて、調べてくれと言ってきたので、暫く調査したことがあります。条件は、差押物件リスト一括価格提示、事前確認不可、引き渡しは当事者より直接受けるといったもので、あまり人気はなさそうでした。最低入札価格ももちろん設定されておらず(しこうして価格設定根拠計算式もなく)、よほど 転売して儲かる確信がなければ手が出せないビジネスです。基本的には、まず購入者をみつけて、調査経費・リスク負担を控除したうえで儲かるのかを検証しなければいけないように思いました。 (例) 御影石 10t 、OAデスク・チェア・キャビネット 等  10万円で落札> Aさんに 50万円で売却  50万円ー(10万円+5万円(輸送)+5万円(調査)+15万円(リスク・ロス負担、廃棄処分))= 15万円(利益率30%) の収益といったシステムでしょうか。

大東亜戦争開戦記念日

イメージ
12月8日は’大東亜戦争’の開戦記念日でした。いわゆるハワイパールハーバー攻撃の行われた日です。 爺さんに聞くと、このころの日本の状況はまさに今の北朝鮮のごとくかなり追い込まれた状況にあり、思いつめて「窮鼠猫をかむ」感覚でやってしもたようだとのことです。 その後は、世界から孤立をますます深めて、資金はなく資源もなく、「欲しがりません勝つまでは!」のスローガンのもと、全国民が耐えながらずるずると泥沼にはまっていったわけです。メディアも完全に統制され、「連戦連勝!」「天皇陛下万歳!」の大本営発表主導の報道で、かなりの人々は「嘘やろ!」「なんで天皇の為に死ななアカンネン!」 とおもいつつも当局監視下の中、自由な発言は許されていなかったそうです。北朝鮮も、軍部が主導権を握り、中国のコントロールが及ばなくなった時、{いっぱつやったろか」という感じで、「敵はソウルではなく横須賀にあり!」といってジョージワシントンにミサイル攻撃をしかけてきたら・・・・・・・・・

期待したら酷だ。

イメージ
この言葉は、落合監督が伸び盛りの選手の起用法についてコメントしたものだそうです。 相手に対し、あまりにも思いを入れすぎて、結果としてお互いに目標を達成できないで終わってしまう。よくありがちな失敗に対する 絶妙の警告コメントだと思います。 マクロでは、アメリカに期待し、中国に期待し、民主党に期待し、思うようにならずに、メディア・アナリストの商業主義的な耳触りのよい批判についうなずいてしまいます。ミクロでは、売り上げが思うように伸びず、売り掛け回収が遅延し、資金繰りがアップアップになりがちで、官僚・公務員・独法・宗教法人等にきつくあたりがちです。 ここはひとつ、落合監督のように、「一戦必勝ではなく、145試合を終わった時点でトップに立つこと」を念頭に置いて、 想定範囲を低めに見て、まあ5年計画下振れ20%くらいで、すべての事象を観察し、達成に向かって努力していく必要があると考えます。今年の高卒ルーキーで一番活躍した選手が、雄星ではなく拓巳であったことは、決して偶然ではないと考える次第です。

オルタナcultureの拠点を京都に!

イメージ
1999年に閉鎖されたキリンビール桂工場の跡地の再開発計画がようやく落ち着こうとしています。洛南の学校法人とオムロン、そしてイオングループ(依頼中)で、なにはともあれ貧乏暇なしの向日市行政にとっては一安心というところです。もうひとつ再開発地として浮上してきたのが、競輪場跡地です。前者が、京都市と向日市にまたがる物件なのに対し、こちらは所有者が府ということになります。向日神社の中腹全体を造成して作った競輪場、府営住宅、運動公園がひろがる広大な敷地です。ここを再編して、 京都らしい、世界に発信できる孵化装置をつくってほしいものです。科学系先端技術研究施設としては、丹波口のリサーチパークが有名になりましたが、文化系の研究発信拠点はあまりみあたりません。安保闘争後の一大ムーブメントとしてヨーロッパを席巻し、いまは一定のポジションを確立した観のある’日本の準芸術’ですが、まさにいま、日本のみならず世界のわかものが怒りと涙からあきらめへとシュリンクしつつあります。いまこそ、かつて堤清二氏、増田通二氏が、伝説のビックリハウスを通じてオルグし世に 送り出した手法を検証しつつ、新たな手段を模索する時ではないでしょうか。 ちなみに、このムーブメントには寺山修二氏がかかわり、山城組、土方翼などの異色のパフォーマンス族や、糸井重里、日比野克彦、ナンシー関のような商業的文化をうみ、パリコレではギャルソンやYsの漆黒の襤褸布服が鮮烈にデビューを放ったのです。

バイオテクノロジーの可能性

イメージ
先日、NHKの番組でみて驚いたのですが、アレルギーのない猫や人工血管としてつかえる蚕糸といった遺伝子組み換え技術だけでなく、全く新しい人工の新生物、いま実用化が検討されているのがディーゼルオイルを生む菌らしいですが、までもが実用化されマーケットを形成する過程にあるそうです。 テロリストがバイオ研究者と組んで対応不可能な新種の有毒細胞を使って欧米日を攻撃する可能性も高まっているわけですが、わがリサイクル廃棄物処理業界では、 埋立モノ(がれき類・土砂・プラスチック)を食べて良質の土にかえる生物とか、CO2をすって酸素を生み出す菌とかが実用化されると、環境対策の方法は一変するように思います。

不識(しらず)

イメージ
謙信公のエピソードを特集したNHKの番組に思わず見入ってしまったのですが、いままでは川中島の合戦に象徴されるように天才肌のワンマントップで、一本道を突き進み 晩年、自らの罪を悔み仏門に入ったのかと思っていたのですが、番組では、己が善だと考えた道を進む過程で色々な問題に突き当たり、悩み苦しんだ挙句、 禅の高僧より達磨大師の不識問答(対武帝)を考えてみるようにアドバイスされて、そうとうふっきれた心理状態になって、所謂バランスのとれた常識型のカリスマリーダーとなっていったとのことでした。中国の教典は結構とぼけたところがあり(たとえば守破離忘)、自分で解釈していいところを取り入れるものだと思いますが、不識を、 「なんのこだわりもなく縛られもせず自由な精神で生き、結果として周りの人々に功徳を与えることができればなおよい」といったポシティブな解釈でとらえると 七転び八起きとともにだるまさんがええなあと思われる次第です。

日本分裂

イメージ
1945.08.15 敗北宣言がもう少し遅れていたら、北日本はソ連の占領地区となり、やがて今の北朝鮮のような共産主義国家となった可能性が高いという意見が結構見受けられます。明治維新期以来の内戦が勃発し、いまも緊張関係が続き、いわゆる休戦ラインをはさんで対峙する状況下にあったかもしれないのです。現実には、アメリカ一国実質支配のもと、いいかえればアメリカ合衆国の一州といった位置づけで、平和を金で維持しながら、今日まで飛躍的発展を遂げてきたのです。しかし今、中国の大中華圏志向やロシアの資源・不凍港確保戦略、さらには北朝鮮の暴発等、戦後幸運にも75年続いてきた相対的平和状態のバランスが揺らぎつつあります。沖縄知事選でどちらの候補が勝つにせよ、当面は普天間基地移設問題は凍結せざるを得ないのですから、”日本を今後どう守るべきか”を稚拙で泥臭い議論でいいから国民的に討論したいものです。 ただし、産廃施設や葬儀場のように、総論賛成当事者になるのは反対では埒があかないので、評論家やマスコミや学者的意見ではなく、より実効性のあるブレストをしたいものです。

20×4 論

イメージ
昨年お亡くなりになった森先生がおっしゃっていた、人生4回リセットするときがあり、30代40代の遺産で生きながらえるのも愚であるし、1クルーぐらい失敗しても2クルーなんとかなれば人生総じてぼちぼちやったな―と思えるといった主旨の考え方です。 人によって1クルーのタームはまちまちで、たとえばプロスポーツの選手などは Ⅰ.18年 Ⅱ.10年 Ⅲ.20年 Ⅳ.20年 くらいか? Ⅰ.卓越した身体能力に磨きをかけて結果を出す Ⅱ.一流の壁を越えられずわずかにトップリーグの試合に出ただけで故障で解雇 Ⅲ.故郷に帰って大工の修業を積む Ⅳ.一人前になったところでスポーツ指導者として情熱を燃やす  こんな感じやったらまあまあええ感じやなあと思います。 私もフリーになって4年目を迎えますが、なんとか計画に沿って進んでいるような気がします。せいぜい悔いの残らないようぼちぼちやっていきたいものです。