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1月, 2011の投稿を表示しています

未来のシュミレーション

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亜米利加民間格付け会社による日本国債の格付けが下がったことで、ちょっとした騒ぎになっている。 長期金利があがり経済に支障をきたすという。いっぽうでファンドマネーが日本離れすると円高基調が一服し輸出系企業にとってはメリットがある。 つまりは、現象が起こればあるいは行動すれば、当然作用があり副作用があるわけで、 そのへんのとこをちゃんと想定しておかないと常に振り回される状態になると思う。 政治にも、未来シュミレーションを提示して国民のリスク・義務をしっかり説明してほしいし、 マスコミにも国民のほうに向いた批判やこうすべきという主張を展開してほしい。 たとえば、定年退職した後も心身が丈夫なうちは10年間は働く義務を提案するとか、自給率保守向上のため、 敷地の10%以上は畑作をしなければいけないとか、徴兵制の復活とか、大学を減らすとか 「明るい未来の為には国民はこれくらい頑張らんと無理やで!」 という部分の議論なしには、どうもいまの政治を対岸の火事としてみてしまう感じがします。 それとか、アパート建設業者に都合のいい収益シュミレーションを示されて、案の定トラブって、借金が返せなくなる大家さん状態になってしまうとおもいます。 やはり副作用、リスク、ハザードを覚悟することが大事だと思います。

理論と実践

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生きていくうえで、理論と実践(仮説と検証)を常に繰り返していかないと、なにか止まってしまった感覚になります。精気がなくなるというか、隠居感覚というか。 理論と批判だけとか、やみくもに同じことを繰り返すというのもどうしようもないと思います。 部活で、4年の秋以降とかはまさにこんな感じやったし、むかしの自慢話を延々と語るおじいさんも、失礼とは思いますが、こんなもんやとおもいます。 あと、大企業にありがちなのが、理論をつくるスタッフと実践するスタッフが違う場合が多々あり、いろいろ摩擦が生ずることがあります。 やはり、本田さん盛田さん松下さんM.ジョブズさん…等に代表される成長モデルが一番ではないでしょうか! キャスターはそういう意味であまり好きではないのですが、平松市長の苦闘ぶりとか辛坊氏が橋下さんと連携して政界に打って出るとかいうのは、あえて火事場にとびこむ意気に応援したくなります。

Recycle 1 考察 !?

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こんだけ景気が低迷するとさすがにファッション業界も盛り上がりに欠けてきているようです。山本耀司さんの会社も破産しましたし。それでもなお、お嬢さん、おばさんの間では、去年きた服はもうきれへんわという感覚が強いようです。衝動買いして、値札のついたままの服をごみで出すという、あほな現象もあるわけです。 そんななかで、OUTLETモール、リサイクルショップがエコノミックな女性を対象に元気なわけですが、 そろそろ毎年業界およびマスコミがこぞって今年の流行は?という言い方はやめて、償却年数5年鮮度が持つ スタイル・色・コーディネイトといった感覚でやっていけないものでしょうか? どうもわたしのようなおっちゃんからみるといまの衣消費は食・住にくらべて無駄が多い気がするのです。

無頼派

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昔はよく使っていた言葉だが、最近はあまり使われていないし、私も使っていません。 日活時代の渡哲也がこの”無頼”シリーズで人気を博したのは50年くらい前だそうです。 私たちの時代は、学ランの兄ちゃんがよく好んで使っていましたし、トラック野郎にも一時はやっていたのではないでしょうか。 ふと無頼を思い出したのは、このたび芥川賞をとった西村氏のインタビュー記事を何本か目にしてからです。 彼は所謂”持っていない男”の典型、家族のきずなは持っていないし友達もいない、定職もないしもちろん金もない、学歴もないし知識もない、あるのは前科と大正の無名作家藤沢清造への関心くらいのもの。 今回の賞金も、必要費以外は藤沢氏の作品を世に紹介することに使い切るという。 小説というジャンルではなく「私小説」というさらに小さな世界で、地上とかろうじてつながってきたし、これからもそうありたいと無表情に語る姿は、 戦後の焼け跡からなんとかかんとか生き抜いてきた元孤児の70代のじいちゃんばあちゃんに通じるものがあります。

成功は0.1%であることを認識する。

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今日、朝のニュースで西村賢太氏が芥川賞を受賞したのをみました。いままでぜんぜん知らなかったので、 えらいもっさりしたおっちゃんがとったもんやなあと思っていたら、この人が絵にかいたような苦労人なのです。もうひとりの受賞者がまさにサラブレッドであるだけに、まさに駄馬からてっぺんのレースまで駆け上がり 栄冠を勝ち取った彼に好感をもつひとは多いでしょう。 問題は、ほかにも俳優で文学賞をとった人もいましたが、これを商売に結び付けようとする輩が必ず現れることです。 いわゆる教材売り、FX、不動産投資、株ほかにもかなりややこしいシステムの投資話。金のない学生に借金までさせてやらせるのやから困ったもんです。実際に運用していない場合は詐欺罪になるのですが、運用してはいるがずるずると資金を垂れ流している人がほとんどだろうと思います。 そこで考えなくてはいけないのが、その道で成功した人、名を全国的に売った人が街に何人いるかということです。 わがまち出身でプロ野球の1軍までいったのはここ30年で今江選手だけですし、西山>五輪女子ソフトの選手は京都市内からセレできた選手です。 かりにトップの手前までうまいこといった選手や才人が30人いたとしても、市の人口の0.1%です。 成功を前提に絵を描くことほど、愚かなことはないと考えます。

反対は計画的に!?

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TPPをめぐって、賛成派と反対派の接点がどうもよく見えません。 反対の人は、将来的にはそうせざるを得ないことはわかるが、十分に準備を整えてからでないと 早々には難しいという。 しかし、TPP自体10年くらいの執行猶予があるものと理解しているので、 なぜ中期計画・段階的条件をつけて話し合いに臨もうとしないのか疑問がある。 一方の、賛成派についても、こういうふうに構造改革していけば食料自給率も守れるし、 逆に世界のマーケットに打って出ることも可能であるという理論が見えてこない。 ワタミの渡辺氏とかは事業で農業をやっているわけだから、 一発、スカッとする農業解放論をぶち上げてくれないものだろうか!

計画>実践>修正!

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私も例に漏れませんが、サラリーマンをやめて事業主としてちゃんとやっていくのはかなり厳しい修羅場をくぐりぬけなければならないようです。 事業商品開発や営業計画の文章は作成できても、いざ実践しようとするとお金の問題や時間・人の問題でなかなかすすまない。 しかし、3年ぐらい一つのことをまじめにやっていると、やっと業界の常識もわかってきて、今までの高かった授業料をとりもどし、黒字体質へ発展する道筋が見えてくる。 ここで修正して次の計画にトライアルしていく(いわば守から破へ)。 このくりかえしでどれだけ根気よくやるかが問われるといわれています。 次のステップで大成功して、全く別の趣味の事業をやる人もちらほらいます。 (離の世界で、エプロンで大成功した社長が原宿でマリン系カジュアルのアンテナショップを始めたことは有名です) いずれにせよ、3年から5年くらいはアンダーグラウンドでおやっさん修行をつまないことには水面には浮上できないということで、木村さんや堀江さんや村上さんのケースというのはレアレアケースであるということです。 そして肝は、収入と支出のバランスであると思われます。

respectなき時代

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与謝野氏を菅総理大臣が登用したことについて、私はなにかほっとした感情をもちました。 いわゆるずっと政敵であり、ガンガン議論を戦わせてきた相手であっても、ずっとリスペクトしてきたということでしょう。 今の世の中、いろいろなネットワーク発達の影響もあり、一億総評論家ごとき様相を呈しており、どちらかといえば非難中傷が主流をなしている。それがつばとして落ちてきてますますすさんだイメージを醸成してしまう。 平野啓一郎氏が「われわれ氷河期生まれで尊重されず、孤立した人間が昨今の無差別殺傷事件をおこしてきた・・」と、リスペクト(尊敬、尊重)を批判批評の上位に持っていかなければ、みんな持たないと思うのです。 評論家は批判して飯を食っていますが、自分では創造できない。その文章をよんで楽しむのはいいが、同じように考えてしまうと情けないと思います。 あのイチローや落合さんでさえ、滅多に口にしないが、リスペクトを心の中心に持っているようです。

一乗寺下り松の決闘後記

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司馬遼太郎氏の面白いところは、時代の英雄だけでなく、敵方の敗戦後の生きざまについても、尊敬の念をもって詳しく描いているところにあります。 そのなかで、私が気に入っているのが、一乗寺でさんざん評判を落とし、もはや門下生は去り、大名の顧問としての道も閉ざされた吉岡家の生きざまです。 ふつうは、とんでもない旅の無頼漢に一家を壊滅させられたのですから、遺恨をいだき、新たな逸材を育てて仇を討つことを生きがいに、悲壮な人生をおくる というのが「サムライ」のパターンだと思うのですが、吉岡家当主はなんと、刀を捨てて、染物屋(紺)のエキスパートを目指し、1代でその名を全国区にしたそうです。 武道には、紺の生地がつきものですし関連性はあるのですが、いままで「先生!師範!」と呼ばれていたのが「大将!おやっさん!」と変わるわけで、 史実なのかあるいは創作なのかはべつにして、尊敬に値するエピソードだと思います。

不識(しらず)

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謙信公のエピソードを特集したNHKの番組に思わず見入ってしまったのですが、いままでは川中島の合戦に象徴されるように天才肌のワンマントップで、一本道を突き進み晩年、自らの罪を悔み仏門に入ったのかと思っていたのですが、番組では、己が善だと考えた道を進む過程で色々な問題に突き当たり、悩み苦しんだ挙句、禅の高僧より達磨大師の不識問答(対武帝)を考えてみるようにアドバイスされて、そうとうふっきれた心理状態になって、所謂バランスのとれた常識型のカリスマリーダーとなっていったとのことでした。中国の教典は結構とぼけたところがあり(たとえば守破離忘)、自分で解釈していいところを取り入れるものだと思いますが、不識を、「なんのこだわりもなく縛られもせず自由な精神で生き、結果として周りの人々に功徳を与えることができればなおよい」といったポシティブな解釈でとらえると七転び八起きとともにだるまさんがええなあと思われる次第です。

バランスシート

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われわれのような個人事業者が事業を飛躍的に発展させるためには、当然お金を借りるとか、投資してもらうとか、寄付してもらうとかしないとどうしようもないのですが、そのためには一部の例外を除いて、毎月の資金繰り表、半期および年度のバランスシートの内容が問われるわけです。 お金を預けてもほぼ間違いなく返してもらえるような成果を上げ、そして次のステップに備えての投資能力があるか、万が一の担保があるか、そして継続性はあるかなどでしょうか。 地道に、石にかじりついても3年くらい安定した成績を収めると、やっと上位のクラスに上がれるようです。 ここからが正念のいれどころで、表面上は使えるお金や資産が飛躍的に増えたからといっても、あくまでも 将来的にかえさないかん借入金がそのほとんどを担っている場合は、回収不能引当金や将来の収益源育成のための投資準備金等を十分に考慮したうえでの資金繰り計画が必要となります。 サリーマンでも他人事でないのは、リーマンショックで持ち家を失ったケースが多発したことからも明白です。 twitterやface bookで寄付を集めたというケースも聞きますが、ほんとうにレアケースでしょう。 ドラマのような、小説のような刺激的人生を望んでいないごく普通の人間にとっては、 地道にバランスシートをチェックしながら前へ進んでいくのが賢明かと思います。

intangible assets

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たいした設備や資産をもたない個人事業主にとってはやはりintangible assets(のれん、特許、免許、才能)の世間の評価が大事なようです。 私のいとこも鶴橋で動物病院をやっていますが、世はペットブームにもかかわらず同業者が増えすぎて、繁盛している病院は限られているそうです。かろうじて彼は”鳥専”としてがんばっているようです。 伏見の24号線沿いに(吉田地図近辺)「吉田家畜病院」というところがあるのですが、南部の家畜専門に診察しているのでしょうか? いずれにせよ、犬が好きだから獣医になりますという安易な考えは通用しないようです。 やはり、さかなくんさんや丹波の’未来の恐竜君’ぐらいの才能、こだわりがないとなかなかfundに反映させるのは難しいのでしょうか?

分をわきまえる

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池上彰さんが、今後TVには一切出演せず執筆活動に専念する意向で、テレビ局が慰留に努めているという記事が出てました。 以前池上さんは阿川さんとの対談で、「解説はしますが論評は致しません。」と言われてましたし、海老象事件を解説してくださいといわれたときも「それは専門外ですので」ということでやんわりと拒否されていました。おそらく、マスコミの持つ、視聴率や購買部数優先の文脈を無視した1フレーズの切り取り、誇張等を予防し、自分のやりたいことの邪魔をさせないためだったのではないでしょうか。 TV出演を控えられるのも、自分はあくまで記者>研究者でありエンターティナーではない、すなわちみのもんたさんとは違う立ち位置にあることを自覚されているからでしょう。 私も、そういう冷めた目で自分を見つめなおし、棲む縄張りを再認識するというか、分をわきまえるという考え方に共鳴します。 それにくらべて、クルオさんは情けないです。鳩山首相誕生で火がついたかと思いきや3ヶ月くらいで首相の支持率低下とともに仕事は減るは、代わりに怒鳴られるは、離婚するはついに改名を決意したそうですが、 根本は、色ものに頼る必要のない芸がなかったら芸人ではないわけですから、そろそろ住む世界を考え直す時期が来ているのかもしれませんね!

Rootsを辿る

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海老蔵さんが歌舞伎の名門市川家の末裔であり、信成さんが織田信長の子孫であることは衆知の事実ですが、われわれのような名もなき一般人にとっても自分のルーツは どこにあるのか興味深いモノです。わがマチ寺戸では岡田姓がかなり多く、しかも’西の岡田’と東の岡田’に系統が分かれています。さらに本流をたどると加茂が本家に なっているとのこと。加茂あるいは賀茂あるいは鴨といろいろいいかたはありますが、いわゆる京都-奈良間の加茂地区です。暇ができたらいろいろ調べてみたいものです。 熊本は八代の一二三とか福知山の四方とか、日田の源五郎丸とか人さまの名字でも少数地域限定の族のいわれは興味深いモノがあります。

google chrome はかなりよさそうです!

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HPからデータ作成管理までほとんどgoogle docsに頼りっぱなしなのですが、 chromeアプリもエクスプローラよりかなり速く助かっています。apple系はちょっと別という感覚がありますので、いまのところは徹底的にgoogle系で仕事を深化させていくのが最もコストも安く効率的な気がしています。 アメリカの企業の、学生や学術系団体に対する、無償のソフト・テンプレート等々の提供は、お互いさまの精神でとても素晴らしいと感じました。 googleにはハード系がないではないかとの指摘については、我が国のソニーブランドがしっかりと対応していくことになると思います。

動産競売ビジネス

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法人・個人が破産すると、金融資産・不動産のみならず当然動産も差押さえられて、地裁公示の競売にかけらるるわけです。兄が東京の業者からセールスされて、調べてくれと言ってきたので、暫く調査したことがあります。条件は、差押物件リスト一括価格提示、事前確認不可、引き渡しは当事者より直接受けるといったもので、あまり人気はなさそうでした。最低入札価格ももちろん設定されておらず(しこうして価格設定根拠計算式もなく)、よほど 転売して儲かる確信がなければ手が出せないビジネスです。基本的には、まず購入者をみつけて、調査経費・リスク負担を控除したうえで儲かるのかを検証しなければいけないように思いました。 (例) 御影石 10t 、OAデスク・チェア・キャビネット 等  10万円で落札> Aさんに 50万円で売却  50万円ー(10万円+5万円(輸送)+5万円(調査)+15万円(リスク・ロス負担、廃棄処分))= 15万円(利益率30%) の収益といったシステムでしょうか。

大東亜戦争開戦記念日

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12月8日は’大東亜戦争’の開戦記念日でした。いわゆるハワイパールハーバー攻撃の行われた日です。 爺さんに聞くと、このころの日本の状況はまさに今の北朝鮮のごとくかなり追い込まれた状況にあり、思いつめて「窮鼠猫をかむ」感覚でやってしもたようだとのことです。 その後は、世界から孤立をますます深めて、資金はなく資源もなく、「欲しがりません勝つまでは!」のスローガンのもと、全国民が耐えながらずるずると泥沼にはまっていったわけです。メディアも完全に統制され、「連戦連勝!」「天皇陛下万歳!」の大本営発表主導の報道で、かなりの人々は「嘘やろ!」「なんで天皇の為に死ななアカンネン!」 とおもいつつも当局監視下の中、自由な発言は許されていなかったそうです。北朝鮮も、軍部が主導権を握り、中国のコントロールが及ばなくなった時、{いっぱつやったろか」という感じで、「敵はソウルではなく横須賀にあり!」といってジョージワシントンにミサイル攻撃をしかけてきたら・・・・・・・・・

期待したら酷だ。

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この言葉は、落合監督が伸び盛りの選手の起用法についてコメントしたものだそうです。 相手に対し、あまりにも思いを入れすぎて、結果としてお互いに目標を達成できないで終わってしまう。よくありがちな失敗に対する 絶妙の警告コメントだと思います。 マクロでは、アメリカに期待し、中国に期待し、民主党に期待し、思うようにならずに、メディア・アナリストの商業主義的な耳触りのよい批判についうなずいてしまいます。ミクロでは、売り上げが思うように伸びず、売り掛け回収が遅延し、資金繰りがアップアップになりがちで、官僚・公務員・独法・宗教法人等にきつくあたりがちです。 ここはひとつ、落合監督のように、「一戦必勝ではなく、145試合を終わった時点でトップに立つこと」を念頭に置いて、 想定範囲を低めに見て、まあ5年計画下振れ20%くらいで、すべての事象を観察し、達成に向かって努力していく必要があると考えます。今年の高卒ルーキーで一番活躍した選手が、雄星ではなく拓巳であったことは、決して偶然ではないと考える次第です。

オルタナcultureの拠点を京都に!

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1999年に閉鎖されたキリンビール桂工場の跡地の再開発計画がようやく落ち着こうとしています。洛南の学校法人とオムロン、そしてイオングループ(依頼中)で、なにはともあれ貧乏暇なしの向日市行政にとっては一安心というところです。もうひとつ再開発地として浮上してきたのが、競輪場跡地です。前者が、京都市と向日市にまたがる物件なのに対し、こちらは所有者が府ということになります。向日神社の中腹全体を造成して作った競輪場、府営住宅、運動公園がひろがる広大な敷地です。ここを再編して、 京都らしい、世界に発信できる孵化装置をつくってほしいものです。科学系先端技術研究施設としては、丹波口のリサーチパークが有名になりましたが、文化系の研究発信拠点はあまりみあたりません。安保闘争後の一大ムーブメントとしてヨーロッパを席巻し、いまは一定のポジションを確立した観のある’日本の準芸術’ですが、まさにいま、日本のみならず世界のわかものが怒りと涙からあきらめへとシュリンクしつつあります。いまこそ、かつて堤清二氏、増田通二氏が、伝説のビックリハウスを通じてオルグし世に 送り出した手法を検証しつつ、新たな手段を模索する時ではないでしょうか。 ちなみに、このムーブメントには寺山修二氏がかかわり、山城組、土方翼などの異色のパフォーマンス族や、糸井重里、日比野克彦、ナンシー関のような商業的文化をうみ、パリコレではギャルソンやYsの漆黒の襤褸布服が鮮烈にデビューを放ったのです。

バイオテクノロジーの可能性

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先日、NHKの番組でみて驚いたのですが、アレルギーのない猫や人工血管としてつかえる蚕糸といった遺伝子組み換え技術だけでなく、全く新しい人工の新生物、いま実用化が検討されているのがディーゼルオイルを生む菌らしいですが、までもが実用化されマーケットを形成する過程にあるそうです。 テロリストがバイオ研究者と組んで対応不可能な新種の有毒細胞を使って欧米日を攻撃する可能性も高まっているわけですが、わがリサイクル廃棄物処理業界では、 埋立モノ(がれき類・土砂・プラスチック)を食べて良質の土にかえる生物とか、CO2をすって酸素を生み出す菌とかが実用化されると、環境対策の方法は一変するように思います。

不識(しらず)

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謙信公のエピソードを特集したNHKの番組に思わず見入ってしまったのですが、いままでは川中島の合戦に象徴されるように天才肌のワンマントップで、一本道を突き進み 晩年、自らの罪を悔み仏門に入ったのかと思っていたのですが、番組では、己が善だと考えた道を進む過程で色々な問題に突き当たり、悩み苦しんだ挙句、 禅の高僧より達磨大師の不識問答(対武帝)を考えてみるようにアドバイスされて、そうとうふっきれた心理状態になって、所謂バランスのとれた常識型のカリスマリーダーとなっていったとのことでした。中国の教典は結構とぼけたところがあり(たとえば守破離忘)、自分で解釈していいところを取り入れるものだと思いますが、不識を、 「なんのこだわりもなく縛られもせず自由な精神で生き、結果として周りの人々に功徳を与えることができればなおよい」といったポシティブな解釈でとらえると 七転び八起きとともにだるまさんがええなあと思われる次第です。

日本分裂

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1945.08.15 敗北宣言がもう少し遅れていたら、北日本はソ連の占領地区となり、やがて今の北朝鮮のような共産主義国家となった可能性が高いという意見が結構見受けられます。明治維新期以来の内戦が勃発し、いまも緊張関係が続き、いわゆる休戦ラインをはさんで対峙する状況下にあったかもしれないのです。現実には、アメリカ一国実質支配のもと、いいかえればアメリカ合衆国の一州といった位置づけで、平和を金で維持しながら、今日まで飛躍的発展を遂げてきたのです。しかし今、中国の大中華圏志向やロシアの資源・不凍港確保戦略、さらには北朝鮮の暴発等、戦後幸運にも75年続いてきた相対的平和状態のバランスが揺らぎつつあります。沖縄知事選でどちらの候補が勝つにせよ、当面は普天間基地移設問題は凍結せざるを得ないのですから、”日本を今後どう守るべきか”を稚拙で泥臭い議論でいいから国民的に討論したいものです。 ただし、産廃施設や葬儀場のように、総論賛成当事者になるのは反対では埒があかないので、評論家やマスコミや学者的意見ではなく、より実効性のあるブレストをしたいものです。

20×4 論

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昨年お亡くなりになった森先生がおっしゃっていた、人生4回リセットするときがあり、30代40代の遺産で生きながらえるのも愚であるし、1クルーぐらい失敗しても2クルーなんとかなれば人生総じてぼちぼちやったな―と思えるといった主旨の考え方です。 人によって1クルーのタームはまちまちで、たとえばプロスポーツの選手などは Ⅰ.18年 Ⅱ.10年 Ⅲ.20年 Ⅳ.20年 くらいか? Ⅰ.卓越した身体能力に磨きをかけて結果を出す Ⅱ.一流の壁を越えられずわずかにトップリーグの試合に出ただけで故障で解雇 Ⅲ.故郷に帰って大工の修業を積む Ⅳ.一人前になったところでスポーツ指導者として情熱を燃やす  こんな感じやったらまあまあええ感じやなあと思います。 私もフリーになって4年目を迎えますが、なんとか計画に沿って進んでいるような気がします。せいぜい悔いの残らないようぼちぼちやっていきたいものです。